大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)2865号 判決 1979年2月22日

原告

田中美智子

ほか三名

被告

大阪府

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告田中美智子に対し、金四四〇万四〇三四円および内金四二五万四〇三四円に対する昭和五二年六月一〇日から支払済まで年五分の割合による金員を、同田中隆明、同田中敏彰、同池堅三恵子に対し各金二九九万六〇二三円宛および各内金二八四万六〇二三円宛に対する前同日から支払済まで各年五分の割合による金員を、各支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  事故の発生

1 日時 昭和四八年四月一八日午後一〇時五五分頃

2 場所 池田市東山町六〇番地先府道(池田亀岡線)(以下、本件道路という。)上

3 被害者 亡田中常之(大正一一年一月一日生)

4 態様 亡常之は、普通貨物自動車(泉四四の七〇六二号)を運転して本件道路上を南進中、進行車線上に存した穴ぼこ(その配置状況は、別紙添付図面(一)における「くぼ地跡」のとおり。以下本件穴ぼこという。)および道路段差(以下、本件段差という。)に車輪を落し、三、四回バウンドした上、飛び上つたような状態になり、ハンドルをとられて運転の平衡や自由を失つた結果、本件道路上に存したガードレールおよび対向車に衝突し、このために受けた脳挫傷および胸部挫傷により受傷約三〇分後に死亡した(以下、右事故を本件事故という。)。

(二)  責任原因(国家賠償法二条一項)

1 被告は、本件道路を管理している。

2 本件事故は、本件道路の管理に瑕疵があつたために、発生したものである。右管理の瑕疵の存在は、次の諸点より、明らかである。

(1) 道路の管理の瑕疵とは、道路が通常予想される用法にしたがつて使用される際に、道路としての安全性を客観的に欠いている場合を指称するものと解すべきところ、右安全性を判断するにあたつては、当該道路の交通量、使用状況、舗装の有無等を総合考慮して決すべきである。

ところで、本件道路は、交通量の多い主要幹線道路であつて、夜間における進行車両の現実の走行速度は、通常、時速七〇キロメートル程度以上であり、また、アスフアルト舗装道路であつた(本件事故が死亡事故であることに照らし、本件道路には、高水準の安全性が要求されて然るべきである。)。

(2) 本件道路には、本件事故当時、次のような欠陥が存した。

(イ) 本件道路の南行車線上には、前記のとおりの配置状況で直径約五〇センチメートル以上、深さ約一〇ないし一五センチメートルの規模の本件穴ぼこが、さらにその南方に本件段差が、存した。

(ロ) 本件事故当時右南行車線上に設置されていたガードレールの位置は、別紙図面(一)に「旧ガードレール跡」として表示されたところであつて、それは、丁度南行車線上を走行する車両を本件穴ぼこの上に導いて進行させるようになつていた(現在、ガードレールの位置は、走行車両を南行車線の中央部分付近に導いて進行させるように、右図面(一)に「ガードレール」と表示されたところに設置換えされている。)。

(ハ) 本件道路の南行車線は、それ程きつくはないが右寄りのカーブになつているところ、右へのカーブの場合には、経験則上、道路の左側が高くなつていることが走行車両を安定させるための基本的条件であるが、本件道路においては、本件穴ぼこおよび本件段差が道路の左側に存したため、結果として、右の車両の走行の安定のための基本的条件とは逆の構造を生じさせていた。

(ニ) 本件道路の幅員は、約一〇年程前に府道池田亀岡線において初めて行われた舗装工事の際に拡幅された結果、本件事故の現場付近より北方と比較して、約二・三メートル急に広くなつている。のみならず、本件道路の中央部分(幅員にして一車線分程度)は、右の拡幅以前からの古い道路であつたため路面が安定していたものの、その両側端付近は、右のとおり、近年における拡幅のため路面が不安定で、しかもアスフアルト舗装も不完全で、現在でもザラザラした感じになつている。

(ホ) 本件事故の現場の東側に存する地蔵尊は、車両による衝突のため破壊され、近年二回も建替えられている。

(3) 以上の諸点を総合して判断すれば、本件道路の管理に瑕疵の存したことは、明らかである。よつて、被告には、国家賠償法二条一項により、本件事故に基く原告らの損害を賠償する責任があるというべきである。

(三)  損害

1 治療費 金八四六〇円

2 逸失利益 金一二六九万四五四四円

(根拠)

亡常之の年収(昭和四七年分) 金一五七万二〇〇〇円

生活費の控除割合 三〇%

就労可能年数(本件事故による死亡時の五一歳から就労可能な六七歳まで) 一六年

ホフマン係数 一一・五三六三

(算式)

1,572,000×0.7×11.5363≒12,694,544

3 慰藉料

亡常之は、原告らの夫ないし父として一家の精神的、経済的中心であつただけにこれを失つた原告ら家族の打撃は極めて大きいうえ、常之は未だ働きざかりであり、長男らもいまだ若年であつたためその死亡が遺族の生活に与える混乱は、まさに致命的である。したがつて、慰藉料は原告美智子に金一六六万六六六七円、その余の原告らに各金一一一万一一一一円が相当である。

4 葬儀費 金五〇万円

5 弁護士費用 合計、金七二万円

着手金 金一二万円

報酬 金六〇万円

(四)  損害の填補 合計、金五五三万〇九〇一円

1 自賠責保険より 金三五〇万六七六八円

2 労災保険より 金五八万三五四六円

3 訴外竹内運送株式会社より 金一四四万〇五八七円

(五)  原告らによる権利の承継

原告美智子は亡常之の妻、その余の原告らはいずれも亡常之の子であるところ、原告らは、亡常三の死亡により、それぞれの法定相続分(原告美智子三分の一、その余の原告ら各九分の二)にしたがつて、亡常之の有していた権利義務一切を相続により承継取得した。

(六)  よつて、請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は訴状送達の翌日から民法所定の年五分の割合による。ただし、弁護士費用のうち報酬部分六〇万円に対する遅延損害金は請求しない。)を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因(一)の1ないし3の各事実ならびに同4の事実中、亡常之は、普通貨物自動車(泉四四の七〇六二号)を運転して本件道路上を南進中、対向車に衝突してこのために受けた脳挫傷および胸部挫傷により受傷約三〇分後に死亡した事実をいずれも認め、同4中のその余の事実を否認する。

同(二)の1の事実を認める。同2の事実中、(1)のうちの、本件道路は、交通量の多い主要幹線道路であり、アスフアルト舗装されていたこと、および亡常之が本件事故により死亡したこと、(2)、(ロ)のうちの、本件道路の南行車線上にガードレールが存したこと、(2)、(ハ)のうちの、本件道路の南行車線が右寄りのゆるいカーブになつていること、(2)、(ニ)のうちの、本件道路は、府道池田亀岡線における舗装(補修)工事の際に拡幅されたものであること、(2)、(ホ)のうちの、地蔵尊の存在および存在場所、以上の事実をいずれも認め、同2の事実中のその余の点を否認する。なお、右拡幅の結果、本件事故の現場付近のみが広くなつたことはない。本件事故の現場付近は、右府道池田亀岡線と池田市の市道とが変則的に交差しているにすぎない。

同(三)を全部否認する。

同(四)を全部認める。

三  被告の主張

(一)  道路の管理の瑕疵とは、道路が通常予想される用法にしたがつて使用される際に、道路として通常備えるべき安全性を客観的に欠くにいたつた場合を指称するものであるが、右の通常備えるべき安全性とは、当該道路の規模、地形、地域性、交通量の多寡等の具体的状況に照らし、一般自動車等の通常の使用や衝撃に耐え得る程度に平坦であり、安全であれば足りるものであつて、それ以上に違法、不当な使用、特殊な状況下における自動車等に対する絶対的安全性、完壁性までも要するものではない。道路管理者は、利用者の道路交通法違反や社会通念上容認し難い運転についてまで管理上の責任を負うものではない。

(二)  本件道路についての被告の管理には、なんらの瑕疵もない。仮に、本件事故当時、本件道路上に穴ぼこや段差が存したとしても、前者は、五センチメートル以下の規模、程度のものであり、後者は、本件道路と同様の規模、交通量の道路に通常存在する「うねり」であつて、いずれも、道路の通常の使用の安全を損うものではない。このことは、次の諸事実から明らかである。

1 本件事故の現場付近の本件事故当時の車両交通量は、一時間当り約五〇〇台であつたにも拘らず、右現場において、本件事故以外の交通事故は発生していない。

2 亡常之は、本件事故の際、制限速度が時速五〇キロメートルの本件道路の、右寄りにゆるくカーブしていて自車線の幅員が僅か約四・五メートルしかない本件事故現場付近を、時速約九〇キロメートル以上の猛スピードで走行したためハンドル操作を誤り、自己の進行車線上に存したガードレールに衝突しそうになり、急拠、右にハンドルをきつたため、センターラインをオーバーして対向車線に突入し、対向車(訴外有馬茂二運転の大型貨物自動車)に衝突したものである。

3 交通事故が道路管理上の影響を受けて発生したと考えられる場合には、事故処理をした警察官が当該道路の管理者に通報することになつているのに、本件事故の処理をした警察官水田義博らは、所轄の大阪府池田土木事務所になんらの通報をしなかつた。

4 前記大阪府池田土木事務所は、府道の維持、管理業務の一環として道路パトロール車による道路巡視を行つているが、本件事故発生の前後二ケ月間の巡視、特に本件事故直前の昭和四八年四月一三日の巡視においても、本件事故の現場付近に自動車の運行に支障となるような道路の異常を発見していない。

(三)  本件道路の管理の瑕疵と本件事故の発生との間には、相当因果関係が存しない。すなわち、亡常之が、本件事故の際、本件道路上に存したという穴ぼこ等にハンドルをとられたとか、あるいは、それを避けようとしたとかいう事実は、存しない。仮に、本件事故当時、右穴ぼこが存したとしても、その規模、程度からいつて、自動車の通行になんら支障をきたすものではなかつたのであつて、本件事故は、もつぱら亡常之の前記のような異常な猛スピードで進行したため、あるいはこれに前方不注視等が加わつたためのハンドル操作の誤りと、訴外有馬茂二の過失に基づくものである。

(四)  仮に、本件道路の管理に瑕疵がありかつ右瑕疵のために本件事故が発生したものであるとしても、原告らの損害は、既に支払われた金員によつて填補済になつている。

1 原告らの訴外竹内運送株式会社らに対する別訴(当庁昭和五〇年(ワ)第一一八二号。以下、別件訴訟という。)の判決において、本件事故の発生につき原告らの過失割合は七割、右竹内運送株式会社の過失割合は三割と認定されている。法的安定性の見地からこの点は本件でも同様に認定されるべきところ、被告は、右竹内運送株式会社と共に原告らに対する共同不法行為者になるものと考えられるので、被告の負担すべき損害額は、原告らの損害総額の三割になる筋合である。そこで、原告らの請求総額(それは、葬儀費、弁護士費用につき、別訴の判決において認定された損害総額より若干多額である。)の三割から請求原因(四)の原告らの自認する填補済の金額を差し引くと、残損害額は、全く存しないことになる。

2 仮に、過失相殺における過失割合の決定に際し、右1の如き加害者側と被害者側に分ける見解が採用し難いものであるとしても、亡常之に本件事故の発生につき重大な過失が存したことは明らかであるから、本訴においても、大幅な過失相殺がなされるべきであり、被告の負担割合が三割を越えることはないものと考えられる。そうすると、右1と同一の結果になる。

四  被告の主張に対する原告らの反論

(一)  交通事故というものは、一瞬の偶然が重なることによつて、発生するものである。被告の主張(二)の1の事実から本件道路の管理に瑕疵がなかつたとするのは、論理の飛躍である。

また、亡常之は、本件事故の際、同時刻頃に本件道路上を走行していた他の諸車両とほぼ同一の、時速七〇キロメートル程度で走行していたにすぎず、被告主張のような猛スピードで走行していたものではない。

また被告主張のような理由によるハンドル操作の誤りも存しなかつた。

さらに、被告主張の、道路巡視の実態は、頻度も低く、その方法は、時速三〇ないし四〇キロメートルで走行する車両の中から、補修の基準である深さ五センチメートル以上の穴ぼこの存否を発見するという極めて杜撰なものであつて、被告の主張(二)の4の事実から被告の本件道路管理に瑕疵がなかつたということはできない。

第三証拠〔略〕

理由

一  亡常之は、昭和四八年四月一八日午後一〇時五五分頃、普通貨物自動車(泉四四の七、〇六二号)を運転して本件道路を南進中、対向車両と衝突し、このために受けた脳挫傷および胸部挫傷により受傷約三〇分後に死亡したこと、被告が本件道路を管理していること、以上の事実は、当事者間に争いがない。

二  請求原因(二)、2の事実中、本件道路は交通量の多い主要幹線道路でアスフアルト舗装されていたこと、本件道路の南行車線は右寄りのゆるいカーブになつており、同車線上にガードレールが存したこと、本件道路は府道池田亀岡線における舗装(補修)工事の際に拡幅されたこと、および、本件事故現場の東側に地蔵尊が存したことは、いずれも当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、いずれも原本の存在および成立に争いのない甲第一、第二号証、第三号証の三、四(第一号証、第三号証の四は、後記措信しない部分を除く。)、いずれも成立に争いのない甲第四号証(後記措信しない部分を除く。)、第五号証、いずれも撮影年月日と被写体につき争いのない検甲第一ないし第一四号証、いずれも成立に争いのない乙第一、第三号証(いずれも後記措信しない部分を除く。)、第四号証、いずれも証人石山昌数の証言により真正に成立したものと認められる乙第五号証、第七号証の一ないし五、第九号証の一ないし六、第一〇号証の一ないし五、第一一号証の一ないし四、第一五号証の一ないし五、第一六号証の一ないし四、第一七号証の一ないし四、第一八号証の一ないし七、いずれもその方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第六号証の一ないし四、いずれも証人松尾沼次の証言により真正に成立したものと認められる乙第一九号証の一ないし八、いずれも同証言により被告の主張どおりの撮影年月日と被写体の写真であると認められる検乙第一号証の一ないし五、証人藤木完二(後記措信しない部分を除く。)、同松尾沼次、同石山昌数(後記措信しない部分を除く。)の各証言、並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる。

(一)  本件事故当時の事故現場付近の模様は、別紙添付図面(二)(以下、図面(二)という。)のとおりである。南北に走る本件道路、これとほぼ直角に交わる池田市道(幅員、本件道路の東側は約五・五メートル、同西側は約四・六メートル)、本件道路からほぼ東南方向に分岐する池田市道(幅員約五・四メートル)は、いずれもアスフアルト舗装されている。右三つの道路の交差点(以下、本件交差点という。)に存する右いずれの道路にも属しないほぼ直角三角形の部分には、地蔵尊を安置した小屋が建てられている。本件道路は、ガードレールにより歩車道が区分され、車道はセンターラインにより南行車線と北行車線とに区分されている。その幅員は、本件交差点の北方では、南行車線約三・六〇メートル、北行車線約四・八〇メートル、歩道は両側とも約一・五〇メートル、本件交差点の南方では、南行車線約四・五五メートル、北行車線約四・一五メートル、歩道は両側とも約一・五〇メートルである。本件道路は西寄りのゆるいカーブになつているものの、殆んど直線の道路であり、南行車線、北行車線とも、前方に対する見通しは良好である。本件交差点には信号機が設置されているが、付近には街路灯や広告灯はなく、夜間は暗い。

(二)  本件交差点付近における車両交通量は、昭和四八年四月二〇日午後九時一〇分頃から同時四〇分頃までの間に行なわれた実況見分の際に、本件道路において五分間に五〇台、前記東西に走る池田市道において五分間に一二台であり、なお、同年一〇月一二日の大阪府土木部道路課の調査では、本件道路と同様の交通量がある池田市伏尾において、午前七時から午後七時までの一二時間に六、〇〇六台であつた。

(三)  本件事故当時、本件道路の最高速度は終日時速五〇キロメートルに制限されていた。もつとも、夜間には、時速七〇キロメートル前後で走行する車両もないではなかつた模様である。

(四)  甲第一号証(昭和四八年四月一八日に実施、作成された実況見分調書)には、本件道路南行車線には、図面(二)記載のとおり、交差点北側横断歩道から北方五メートルないし一八メートルの間に路面に凹みがあり(以下、本件五個の凹みという。)、また、交差点内道路中央から約三・五メートルのところが道路中央より約一〇センチメートル低くなつている旨の記載があり、その添付図面には、本件五個の凹みの南端の凹みにつき、その長径(南北方向の長さ)一・〇メートル、その西端とセンターラインとの距離二・七五メートルと、また、交差点内の低くなつている部分につき、その東西幅四・〇メートルと、その南北方向約四・〇メートルの間に、図面(二)記載のように、東西方向の四本の波線が、記載されているが、それ以上に、右凹み等の規模、態様、程度についての記載はない。右の実況見分をした司法警察員水田義博は、別件訴訟において、昭和五一年五月当時の記憶に基づき、右の凹みは長さ一メートル、幅は今少し狭く、深さは最深部で五センチメートル位で、穴ぼこというよりは補修したアスフアルトの上の方が欠けていつたようなものであり、また、交差点内の低くなつている部分は、一番低いところで一〇センチメートル位低くなつている浅い皿のようなもので、急に段差があるわけではなかつた。南北方向についても、波線の幅の広い方が浅く狭い方が深い(つまり、中央部分が深い)ものであつた(以下、右の部分を本件皿状の凹みといい、これと本件五個の凹みとをあわせて本件各凹みという。)旨、証言している。なお、水田義博は、右各凹みは、高速であればともかく、普通に走行する車両に左程の影響はないと思料し、特に本件事故の原因と解さなければならない状況ではないと判断したので、道路管理者には連絡をしなかつた。

(五)  本件事故当時、四トントラツクに鮮魚等を積載して始終本件道路を往復していた中嶋大助は、別件訴訟において、夜間は時速七〇キロメートル位で走行するが、雨が降る時に危険を感じることがあるほか、特に本件各凹みに運転を妨害されることはなかつた、それは、制限速度程度で運転していれば、軽い車両であれば多少バウンドするかも知れない程度のものにすぎない、旨、証言している。

(六)  大阪府池田土木事務所は、専用の運転手、作業員一、二名、同事務所管理課の職員一名が乗り、ターロツクを積載した自動車で管内道路の巡視をしていた。巡視は、時速三〇ないし四〇キロメートルで走行する自動車の中から行なわれ、路面の穴ぼこについては、原則として、深さ約五センチメートル以上、直径約一〇センチメートル以上のものが発見されれば、可能なものは直ちに、そうでないものは後日、ターロツク等で補修していた(深さ約五センチメートル未満のものは、補修しても走行車両によりすぐ剥離されてしまうので、不可能とみて補修していない。)。慣れた巡視者の目からは、右のような方法による穴ぼこの発見、それが補修を要するものであるか否かの識別は、左程困難ではない。地下埋設物の埋戻し不良等による地盤沈下に基因する路面のうねり(段差)等については、走行車両のゆれ具合等から事故を誘発するおそれがあるものに限り、道路巡視日報に記載するが、補修は、しても走行車両によりすぐ剥離されてしまうので、していない。

池田亀岡線の巡視は、昭和四七年度(同年四月から翌年三月まで。以下同じ。)五一回、昭和四八年度五八回、昭和四九年度五九回行なわれており、これにより、路面の穴ぼこ、凹凸、亀裂、くぼみ、沈下、埋戻し不良等を発見し、補修や関係方面への通報、指示をした延回数(穴のターロツクによる補修がその大半を占めている。)は、昭和四七年度一五回、昭和四八年度二九回、昭和四九年度一三回である。本件事故の直前直後の巡視は昭和四八年四月一三日、同月二五日に行なわれているが、その巡視日報には本件交差点付近の異常は記載されていない。なお、右事務所は、昭和四八年中における右巡視により、本件交差点付近において、六月二日に三個の穴を発見して同月五日にターロツクによりこれを補修したほか、九月一一日、同月二六日、一〇月二七日に穴各一個を発見していずれも即日同様に補修している。

(七)  本件道路の南行車線上、本件交差点の北方にあるガードレールは、本件事故当時は、図面(二)記載のとおり、本件道路東側端の線とほぼ平行に設置されていたが、本件事故後に設置換えされ、現在は、西方寄り、ほぼ本件五個の凹みを結んだ線の延長上に位置している。

なお、本件事故当時、本件道路の本件交差点から南方は年次計画に従い、既に整備を完了していたが、その北方は未整備であつた。本件五個の凹みの存する部分等は、拡幅後の道路面であると推測されるが、右凹みの補修された頃には、路面に亀裂が入り、あまり良好な状態ではなかつた。

(八)  中嶋大助は、別件訴訟において、この道路は事故が多いと聞いている旨、証言している。もつとも、本件事故の捜査にあたつた水田義博は、別件訴訟において、昭和四八年四月一日から昭和五一年三月二五日まで池田署の交通係を担当していたが、その間本件事故の場所でほかにも交通事故があつたかとの問に対して記憶がないと証言している。

(九)  本件事故の際、亡常之は、前記普通貨物自動車(車幅一・六一メートル)を運転して本件道路を南進し、南行車線上本件五個の凹みの西側を通過したのち、本件皿状の凹みのあたりを通過中にバウンドし、車頭を少し左にふつて東側ガードレールに衝突しそうになるまで急に左に寄り、次いで今一度バウンドして急に車頭を右にふり、そのままセンターラインを越えて対向(北行)車線に進入し、折から北行車線上、センターラインから約六〇センチメートル内側に自車車体右側面部が位置するあたりを時速約五〇キロメートルで北進中の訴外有馬茂二運転の大型貨物自動車(大阪一一あ四、二九三号)の右側面部に、自車の右前角部を衝突させるに至つたものである。当時、本件道路面は、乾燥していた。なお、亡常之運転の車両が第一回目にバウンドした付近から衝突地点までの距離は、約二七メートルであつた。その間に有馬茂二運転の車両は、約一七メートル進行している。

本件事故当時における亡常之運転の車両の走行速度は、時速約八〇キロメートルであつた。

そして、右認定の諸事実、就中、(二)、(三)の本件道路における交通量および車両の走行状態と(八)の水田義博の証言、(四)、(五)の本件各凹みに対する水田義博、中嶋大助の評価、判断、甲第一号証に本件各凹みの規模、態様、程度について詳しい記載がないこと、(六)の道路巡視において本件事故の直前直後の日報に本件交差点付近の異常は記載されていないこと、にかんがみれば、本件各凹みの規模、態様、程度は本件五個の凹みのうちの最も程度の甚だしいものおよび本件皿状の凹みのそれがせいぜい前記(四)の、甲第一号証の記載および水田義博の証言にあらわれた程度のものであり、これらを全体としてみても当該地区の交通係を担当する司法警察職員の目にも普通に走行する車両に左程の影響を与えるものではないと映る程度のものであつたと認められる。

甲第一号証、第三号証の四ないし七、第四号証、乙第一ないし第三号証の各記載および証人藤木完二、同石山昌数の各証言中、右各認定に反する部分は、前掲各証拠および成立に争いのない乙第二号証と対比していずれも措置することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。なお、原告らは、一年間を通じて全く補修の行なわれなかつた道路が一四路線もあることになるのは不自然であるとして道路巡視日報の記載は採用しがたいものであると主張するけれども、本件において証拠として提出された道路巡視日報は同期間中のもの全てではなく池田亀岡線に関係あるもののみに限定されている(前掲各証拠からすれば、原告ら主張の一四路線の大半は、通常は池田亀岡線と同機会に巡視する路線ではなかつたことがうかがわれる。)うえ、補修施行の実情は、路線の所在環境、通路状況、交通量等によつて大きく左右されるものと考えられるから、右主張は採用することができない。

なお、請求原因(二)、2、(2)の(ニ)、(ホ)の事実中前認定にあらわれた事実以上の点については、いずれも、これを認めるに足りる証拠はない。

三  国家賠償法二条一項にいう道路の設置または管理の瑕疵とは、道路が通常有すべき安全性を欠いていることをいうものと解すべく、そのような瑕疵の有無を決するには、もとより、当該道路の交通量、使用状況、舗装の有無等原告ら主張の事情も諸般の事情の一つとして勘案すべきであるが、就中、道路の不良状況の規模、態様、程度を考慮すべきであつて、車道上に凹みがあれば常に瑕疵があるというのではなく、通常、それがあるために、通常の運転技術を身につけた者の通常予測される交通方法による車両の運行によつて交通事故が発生する危険性がある場合でないかぎり、国家賠償法上道路の設置、管理に瑕疵があるとはいえないものと解するのが相当である。右の場合、通常問責されることのない程度の制限速度違反の速度による走行はともかく、それ以上の速度による走行は、仮に現実にはある程度そのような走行をするものがあるとしても、これを通常予測される交通方法であるとはいいえないであろう。

右のような見地から本件をみるに、さきに二で認定した諸事実からすれば、本件事故当時、本件交差点付近以北の池田亀岡線、就中、本件事故現場付近の道路は、相当量の車両交通がある主要幹線道路としてあまり良好な状態ではなかつたけれども、本件各凹みの規模、態様、程度は前認定の程度にとどまるものであつて、前記二の(四)、(五)、(八)にあらわれた水田義博、中嶋大助の評価、判断、証言にかんがみれば、本件各凹みは、それ自体はもとより、前記二の(七)の事実および本件各凹みの位置関係や本件道路の曲り具合等を総合考慮しても、それがあるために通常の運転技術を身につけた者の通常予測される交通方法による車両の運行によつて交通事故が発生する危険性がある程のものとは考えられないところである。また、前記二の(九)の事実からすれば、本件事故の際、亡常之運転の車両が一回目にバウンドして車首を左にふつたについては、本件皿状の凹みの影響もあつたものと推認されるところであるが、その際、被告主張の前方不注視等の過失があつたか否かはさておき、亡常之は、制限速度を大幅に上まわる時速約八〇キロメートルの速度で走行していたのであり、さきに述べたところからすれば、右速度違反がなければ、他に過失のないかぎり、亡常之としては十分本件事故を回避することが可能であつたと考えられるのであつて、道路管理者において、このような大幅な速度違反による車両の運行にまで備えて、危険の発生を未然に防止するため右の凹みを補修する等して万全の措置を講ずることがなかつたとしても、国家賠償法二条一項にいわゆる道路の設置、管理に瑕疵がある場合にはあたらないと解するのが相当である。

四  そうすると、本件道路の管理に瑕疵があることを前提とする原告らの本訴各請求は、いずれも、その余の点について判断するまでもなく、すべて理由がないから、失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 富澤達 柳澤昇 窪田もとむ)

別紙図面(一)

<省略>

別紙図面(二)

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例